第四章 菌類図譜 〜整然〜

本章と次章では、第1集、第2集から代表的なものを取り上げます。各画像あるいは画像にコメントを記しながら紹介していきます。

一見、雑然とした図譜ですが、第4章では、分類学的な考察や資料の整理ができているものを取り上げます。熊楠の時代、日本における菌類の研究資料はほとんどなく、西洋の文献を相手にしがら、手探りながらきのこの研究をしていった様子が伺えます。

菌番号 F.4

1901-01-08

菌名Cortinarius januarius Minakata

コメント:1901年御坊山のマツ林に採集された未記載種。熊楠は、属内の分類群がある場合は()に入れて表現しており、 本菌も、多数の種を含むフウセンタケ属Cortinariusの亜属 Myxacium、節 Collinitiに属するものであることを示している(亜属も節も属と種の中間的な分類ランク)。きのこのことをplant(植物体)と表現しているのは、きのこも植物の一部と考えられた当時の常識による。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.33

1901-05-07

菌名Pholiota carneifolia Minakata

コメント:F33はナメコPholiota属の未記載種として記載されている。ところが、同じF33としてビョウタケ類の一種も図譜には収載されており、このシートにはさらに未同定の菌(おそらくMicrostomaのような子嚢菌)もF34として収載されている。若いF番号の菌には、このような熊楠自身による混乱も多く含まれており、菌の採集から図譜の作成、標本管理の流れが確立していなかった可能性を示している。第5章F33,F34も参照。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.94

1902-04-28

菌名Morchella elata Fr.

コメント:オオトガリアミガサタケMorchella elata。熊楠の図譜の菌の多くは、未記載種として記載されているが、既知種と同定されているものも存在する。本菌は春に発生するきのこで、比較的一般的なものである。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.410, F.411

1904-06-12, 1904-06-12

菌名Bolbitius granulosipes Minakata (F.410), 未同定 (F.411)

コメントBolbitius属の未記載種と未同定の子嚢菌の一種。前者の種名は、柄に白色の顆粒を備えることに由来すると思われる。だとすると、学名はgranulostipesとすべきだったのではないか(柄を表すstipesのtが抜けている)?後者はアラゲコベニチャワンタケの類縁種である。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.498

1905-05-01

菌名Cortinarius purpurascens Fr. var. hybrians Minakata

コメント:カワムラフウセンタケCortinarius purprascensの新変種として記載され、水彩画・標本・胞子紋のすべてが揃った典型的な書式の図譜である。分類は亜属subgenus Phlegmaciumや節section Scauriまでを考慮して、大変丁寧に検討している。変種名は当初succossima(非常に水分が多い)としていたが、これをhybridusに訂正しているが、これはC. purpurescens var. purpurescensとvar. subpurprescensの中間的な性質であることに由来している。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.618

1906-06-14

菌名Volvostropharia amanitoides Minakata nov. gen.

コメント:新属新種Volvostropharia amanitoides(テングタケに類似したサケツバタケに似てツボをもったきのこ、という意味であろう)として記載されたもの。当初クリタケHypholoma属に置こうとしたものを、迷った末に新属とした形跡が辿れる。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.618

1906-06-24

菌名Volvostropharia amanitoides Minakata

コメント:新属として発表しようとしていただけに、多数の標本を採集している。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.758

1906-10-27

菌名Laccaria rigida Minakata

コメント:キツネタケLaccaria属の未記載種として記載されたもの。学名はきのこの構造が「しっかりした(rigudus)」ことに由来すると思われる。現在ではハイイロカラチチタケLactarius acris Fr. と同定されている(南方熊楠菌誌 2: 344. 1989.)


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.758

1906-10-27

菌名Laccaria rigida Minakata

コメント:前掲F758の標本のセット。採集情報は執拗に繰り返されている。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.758

1906-10-27

菌名Laccaria rigida Minakata

コメント:前掲と同様。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.758

1907-10-26, 1907-11-10

菌名Laccaria rigida Minakata

コメント:F0758の標本のセット。この標本は前掲の2つ(F0758_#_02F0758_#_03)に追加する形で、前日およびその後の採集品をまとめたもの。胞子は、後者のものであることを示しているものと思われる。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.772

1903-11-17, 1917-11-10

菌名Tricholoma hilarum Minakata

コメント:複数のシートからなるキシメジTricholoma属の未記載種。種小名のhilarumは「ヘソ」の意味なので、最初の図に出ているような印象をもとにしたものと思われる。当初カヤタケClitocybe属の一種と同定していたが、Tricholomaにしたことが分かる。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.772

1913-11-17

菌名Tricholoma hilarum Minakata

コメント:F.772のセットの一部。シラタケという和名の提唱もなされている。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.772

1906-11-19

菌名Tricholoma hilarum Minakata

コメント:F.772のセットの一部。熊楠は、記載がなく標本を貼付しただけの資料にも執拗に採集場所、採集日時、採集者を省略せずに書いている。これは、異なる由来の同じ番号の同種を識別する意味もあったものと考えられる。たとえば、F0772_#_02は、採集情報が異なっている。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.772

1906-11-19

菌名Tricholoma hilarum Minakata

コメント:F.772のセットの一部。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.798, F.799

1906-12, 1906-12-02

菌名Mycena carneo-cinerea Minakata (F.798) と Clitocybe melleopallens Minakata (F.799)

コメント:この資料も、図、標本、胞子を備えたものである。F.798はクヌギタケMycena属の未記載種と同定され、carneo(肉色)-cinerea(灰色)を特徴とした学名を与えている。現在ではMycena amicta(アオミノアシナガタケ)と同定されている(南方熊楠菌誌 2:55. 1989)。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.1529

1913-06-15

菌名:未同定

コメント:ベニタケRussula属と思われる。多数の種を含み、同定が難しい属の一つである。これもまた、非常に詳細な記載がなされ、特徴が記されている。真ん中付近のギザギザはひだの縁部分の拡大図(シスチジアの様子)であろう。また、墨汁を四角く塗った部分には、白い胞子紋が示されている。記録に関する熊楠の執念を感じる資料である。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.1529

1903-06-15

菌名:未同定

コメントF1529_#_01とセットの資料


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.1529

1920-06-24

菌名:未同定

コメント:前掲の資料とは別な日(1920年6月24日)に採集された同種。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.1978

1917-05-26

菌名Exobasidium camelliae Shirai

コメント:ツバキもち病菌。ツバキ類(ツバキ、サザンカなど)やツツジ類などに発生するカビによって葉が変形して厚くなり、表面に形成される胞子によって白くなって「もち」のようになるのが「もち病」である。熊楠は、きのこばかりでなく、微小な菌類やカビにも興味もち、幅広い観察眼の持ち主であった。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.32

1902-06-28

菌名Phylloporus cyanescens Minakata

コメント:キヒダタケPhylloporus属の未記載種として同定されたきのこである。第5章にあげた標本と異なり、文字もかなり読みやすく、乱れもなく、後から挿入された部分もない。ただ、匂いや味もみた形跡があるが、smell goodだけではあまり十分な情報にはならないのでは?


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.496

1905-05-15

菌名Fistulina hepatica Fr.

コメント:熊楠の墓がある高山寺で採集されたカンゾウタケである。熊楠は非常に多くのきのこを未記載種としたが、本菌に関してはあっさり既知種に同定しており、胞子の顕微鏡図なども示している。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.726

1906-10-14

菌名Clavarisa purpurea Fr.

コメント:ムラサキナギナタタケClavarisa purpureaである。採集者は、熊楠婦人(Mrs. K. Minakata)であることを明記し、わざわざ田村松江(同年7月に結婚した妻の旧姓)“ではない”、と断っている。新婚の喜びを間接的に示したものだろうか?


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.3600

1928-10-19

菌名:未同定

コメント:熊楠自身は、本菌を同定しておらず、標本もないが、見るからにカエンタケである。本菌は、食べるとかなり激しい食中毒を起こすし、粘膜などに触れるのもご法度とされる猛毒のきのこである。触感が記載されているが、味見しなかったのは幸運であろう。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.4208

1935-05-19

菌名Phaeoporus captiosus Minakata et Tanoue

コメント: Fumie Minakata pinxitとあり、熊楠の指導下で娘の文枝が描いた図である(Pinxitは描画の意味)。いったんBoletusに置いたが、Phaeoporusの未記載種として、熊楠ときのこ四天王の一人、田上茂吉の連名で記載している。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science

菌番号 F.4208

1935-05-19

菌名Phaeoporus captiosus Minakata et Tanoue

コメント:前掲の標本の記載である。記載だけのシートがあるのは珍しいが、年代から考えると描画は娘に任せ、自分はその間に記載に専念したものかもしれない。


所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science