第1章 洋学修行
矢田部の原点は、幕末の洋学(西洋の学問)にあります。父・卿雲は蘭学者(オランダの学問に通じた人)で、反射炉の築造で著名な韮山代官・江川英龍に重用された人物でした。
良吉自身もはじめは江川邸で学び、のちに横浜へ移って、外国人宣教師による英語教育を受けたと伝えられています。そこでつちかった語学力が、明治2年、18歳での開成学校(東京大学の前身のひとつ)教授試補への抜擢や、その翌年からのアメリカ留学につながったと推測されます。
履歴書/Curriculum Vitae
明治21年か/ca. 1888
矢田部の経歴を知る上での基本となる資料。職歴の最初に「開成学校教授試補」と書かれている。
所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science
矢田部卿雲に宛てた広瀬元恭の書状/Letter to Kyoun Yatabe from Genkyo Hirose
年代不詳/unknown
蘭学者だった父・卿雲が受け取った手紙。差出人の広瀬元恭も同じく蘭学者で,両者は同門であった。
所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science
少年時代の漢詩/Chinese Poetry
文久2/1862
青年時代の漢詩帖。「偶作」という作品では、英語の学問を修めて「天下の雄」になりたい、という志を詠んでいる。
所蔵 : 国立科学博物館/National Museum of Nature and Science